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古来、上関は「竃関」といわれ、瀬戸内海をゆきかう船が、風待ち・潮(しお)待ちのため立ち寄り、港は大変なにぎわいを見せていました。
往時のおもかげが、今も待ちのあちらこちらに残っており、潮風に吹かれながら歩いていると、先人たちの息遣いが、どこからか聞こえてくるようです。 |
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〈吉田松蔭の碑〉 |
1853年(嘉永6)脱藩の罪を許され、江戸へ遊学の途中松蔭は、室津日和山に立ち寄り砲台場を見学。浦賀で黒船を見た松蔭は、「まず、敵を知ること」と考えた。
同年長崎にロシア船の入港を聞き、長崎に向かう途中室津に寄り歌を詠む。その詩碑が日和山にある。 |
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