4.夫婦となる
ただ一人入り口で待っていると、下手の方から歌声がして、わらびやせりを持った男が帰ってきた。体はよどれ着物はあかだらけ、髪はぼうぼうと乱れているが、やさしい目つきをした人のよさそうな男であった。これが小五郎である。姫が小五郎に、神のお告げの次第を話し、夫婦になってくれというと、小五郎はびっくりして「有り難いお志だが、このあばらやで、一人でさえ朝晩の飯も食うや食わずで、あなたに食事もあげられない有様では、お断りするほかはない」といった。これを聞くと姫は肌につけてきた小判を一枚出して「これで食物や、世帯道具を買ってきてください」といってそれを小五郎に渡した。小五郎はその小判を持って出ていったが、しばらくすると手ぶらで帰ってきた。下の湖におし鳥がいたので、それをとって都のお客にごちそうしようと思って、石のかわりに投げつけたら鳥はにげ小判は沈んだ、というのである。姫は、この人は小判さえわからぬ愚かな人か、となげいた。「あれは黄金といってこの世の宝でございます。あれだけあれば私たち2人が暮らしていけるのに」というと、小五郎は「あんな石ころが小判で宝なら、わしの炭焼がまのあたりに、いくらでもある」といって笑った。この不思議なことばに驚いた姫が、小五郎といっしょに行ってみると、小五郎のいったとおり、そこらは―面に黄金の山であったので、2人はそれを拾い集めて残らず貯えた。そして、めでたく夫婦になった。継体天皇25辛亥歳3月15日であったという。
(一書には24庚戊歳3月14日となっている)
5.美男美女となり繁栄する
ある日玉津姫は、山王権現の神夢によって湖に入って沐浴すると、不思議なことに、あのみにくいあざがきれいに落ちて、姫は元のようにきれいな姿に立ちかえった。姫はこの奇跡に驚いたが、小五郎にも水垢離をすすめた。小五郎がその淵に入って身を洗と、今まで猿のような顔をしていた彼が、たちまち立派な美男子になった。2人は大へん喜んで、神恩に深くお礼を申しあげた。その時淵には、金の亀が浮び上って2人を祝福するように、水面を泳いでいたという。これが現在寺の入口にある観音橋下の金亀が淵である。小五郎夫婦は、大金持になり方々から沢山の人が伝え聞いて、小五郎の家来になった。これらの家来に田畑をつくらせたので土地も広まり、3年後には3,000人の家来ができたという。
下男下女も沢山雇い、その家は57ケ所に建ち並んだという。また、臼杵の港に入ってきた支那の船3隻から、沢山の宝物や、珍しい品物を買い求めて庫に納め、ますます富み栄えた。
6.長者屋な造営と玉津姫の懐妊
それから数年後、百済から渡来した大工をはじめ、近江の工匠を雇って小五郎は、3年7ケ月がかりで見事な御殿を造営した。その新築祝いが8月15夜盛大に行われた。
| 秋の最中のことなれば尾花交り薄紅葉萩の上風音つれて鈴虫ぞ鳴く折柄や月と限なき地中に兎も波を走るかと小浮かれ薄の影の魚までも打ち連れて泳ぎ遊ぶ様あら面白き景色かな |
興に乗って来た時、にわかに大空が震動し、満月が池中に飛び下って、しばらくはそこで転げ回っていたが、それが座敷に飛び上って、玉津姫の胸申に飛びこんだ。姫はそのまま気絶して大騒動となったが、百済から手に入れた妙薬を工匠大司義長が、姫の口に注ぎ込んだととろ、ようやく姫は息を吹きかえした。そこで、小五郎は重臣2人に山王宮に姫の病気平安を祈願するよう命じた。2人が通夜で祈願をし、うとうとしていると、白髪の老人が白絹の衣を着て鳩のつえを持って現われ「これは姫の懐妊でめでたいことである。出生の子は容貌美麗な女子であろう。これは月の精が宿ったのである。しかし、この子は短命であるが、このことは秘して復命してはならぬ」と告げた。これは夢告げであったが、両人とも同じ夢であったので、不思議さを語り合って急いで帰り、これを報告したので小五郎夫婦は非常に喜んだ。 |
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