| 大栗林と小栗林 |
山口県と広島県境にある小瀬川の上流、広島県佐伯郡栗谷村(現在大竹市栗谷)の大栗林には、昔、数百年を経た大くりのなる1本のくりの木があって、地域の住民は、この実を食用としていた。子孫の増加により、一部の人達は別の地に移り住み、大くりの実を採って繁殖を図ったが、親くりのような大きなくりはならず、小さなくりの実しかならない林となった。このため、集落を小栗林と言うようになった。
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| 接ぎ木技術による大くりの増殖 |
その後、西暦1180年の頃、平家の落人が、現在の美和町坂上地区にも逃れ、岸根(がんね)の白滝山に城を築き、武術鍛練をしたといわれている。その一族の中に、接ぎ木の方法を心得た者がおり、大栗林より大くりの穂木を取り寄せて、白滝山の南麓に自生していた天然のくりの木に添え木をし、その方法を近くの農民に授けたのが、岸根栗(がんねくり)の始まりと言われている。
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| 品種登録 |
その後、このくりの名声も高まり、近隣の地域でも栽培が始まり、多田くり、岩国くり、坂上くり、丹波くりなどの異名がつけられ、各市場で販売されるようになった。大正2年に、京都府立農事試験場で開催された、全国くり品種名称調査会に当時の坂上村農会技手、西村新治氏が坂上で昔から栽培されている大きなくりを出品し、地名をとって「岸根栗」(がんねぐり)と命名したことから、それまでいろいろな名で呼ばれていたものが初めて国に品種登録され「岸根栗」(がんねぐり)と呼び名が統一された。
その後、学者や専門家で研究した結果、岸根栗は他に類似品のない優良品種であることが判明し、国の奨励品種として国内は勿論、海外にまでその名が知られるに至った。(料理紹介!)
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