烏帽子岳は小さいながら目につく尖峰で、鹿野町中心地の裏山である。同名の山は全国的にも多く、県内では熊毛町のものが有名、下松市にもある。山容が烏帽子の形に似ているためつけられたもので、信仰の対象になっていることが多い。
「鹿野」という地名は、今では想像もつかないが、かつては日本中を鹿が走り回っていたので「鹿」のつく地名は多い。この地、鹿野は江戸時代の史料では鹿が多かったようだ。目を閉じると、広いグリーンの世界にのどかに遊ぶ鹿の群れ・・・、美しい地名である。
南の金峰山麓、向道の氏神さまがこの地を指して「かのちを守らん」といったことから「賀野」となり、変じて今の「鹿野」になったともいわれている。ただ、いくつもの資料が「漢陽寺草創記」を引用し、「大内弘世がここの漢陽寺に鹿苑庵を結び、それにまつわって賀野を鹿野と呼ぶようになった」と書かれていることが多い。しかし、少し疑問が残る。なぜなら、それから二百年以上も後になって書かれた、租税に重要な「慶長検地帳」に、まだ「賀野」とあり、「鹿野」になっていないからである。当時は公文書にも当て字を使っていたのだろうか・・・。
山には道がないのが当たり前。ヤブが邪魔して当たり前。ここは、そんな自然の「常識」を理解するために格好の山。登山口近くのお堂には、蜜蜂が巣をかけて、ブンブン飛び回っていたのが印象的である。この山は、かすかな踏み跡をたどることができ、主稜に出ることができる。信仰の山だったのか、稜線に手水用の石が無造作に転がっている。山頂からは360度の展望が得られるので救われる。 |