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長野山緑地公園    氷見神社社叢    風呂ヶ原のエノキ

天神山公園    莇ヶ岳    高岳    烏帽子岳


 霊峰にふさわしく、土地の人々は心を込めて、「みたけ(御岳)」と呼ぶ。
『防長風土注進案』によれば、昔の名は「カルサ」であったが、奈良時代の初期に吉野の金峰山から蔵王権現を勧請し、信仰の山「みたけ」になったと伝える。
 鐘状火山のため、山は空に向かってスラリとそびえ立ち、人目を引く。特に向道湖に浮かぶ姿は最高である。この山には三つの峰があり、頂上はまん中の「ニの岳」である。ここはカヤトの原で、展望をさえぎるものはなく、山と湖の織りなす景観は申し分ない。
 しかし、山に取りついてみると、気持ちに何かひっかかるものがある。それは、山の美しさとは裏腹に、すなわち山麓で眺めた山への期待があまりに大きいだけに、登りだして初めてわかる、自然破壊のすさまじさである。
 シジュウカラの群れとヤマセミ、メジロに会ったものの、動物の住める広葉樹林はきわめて少ない。スギ、ヒノキの植林帯では動物は生息できない。また、登路の安全を祈るかのように道に安置されていた石仏も今はなく、からっぽの祠は完全に壊滅しており、代わって大きな二枚の反射板が居座っている。
 この地域の過疎化は、昭和15年の向道ダム建設にさかのぼるという。当時、徳山軍港が海軍の重要な基地として役割を果たしていた頃、県下最初の多目的ダムとして軍部が強行に計画を遂行、反対は許されなかった。それによって川のそばの「一等地」の田畑52ヘクタールと民家155戸が水没。移転の保証は微々たるものだったという。百姓から田畑を取りあげれば、農業地域の過疎化は当然だといえる。