| 古い歴史を有する鹿野町には、その時代時代を今に受け継ぐ、貴重な文化遺産が多数有ります。346年前、岩崎相左衛門重友によって掘られた潮音洞もその一つ、鹿野の大地は、周辺の錦川や渋川よりも高く、村人たちは毎日の水汲みに大変な苦労をしていました。ある時、相左衛門は漢陽寺の裏山を散歩していると、この裏山の南と北から掘りぬいて渋川の水を鹿野の地に引き入れることができたら、農作業も楽になり、村人の暮らしも向上するのでは、と考えました。慶安4年(1651)藩府から工事の許可が下り、相左衛門は私財を投げ打って工事を始めました。4年後の承応3年(1654)、水路が完成し、鹿野台地の田畑は潤い、その後の農業発展の基礎となりました。 |
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