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▲三分一健作の墓


このときの三分一健作の働きはその墓を見ることで、想像がつきます。
本郷村の名家の松原家の墓所の中にありますが、彼とその妻の墓は、仏式の墓の中で際立って神式に築かれています。墓の上の形が尖っているのが神式です。

本郷村の大庄屋
三分一健作は杉民治とともに山代地方の水田開発に偉大な業績を残しました。これはその健作の墓で「山代功績命(ヤマシロイソシミノミコト)之奥津城」と標してあります。この神号は伊勢神宮社より賜ったものといわれています。民治は山代地方の区長、健作は本郷村大庄屋で、この二人を中心に開拓された山代地方の水田は、数十町歩に及んでいます。