明治廿二、三年の頃五月或快晴の日に府谷のものが本郷村に米を買いに行った。正午本郷に達すれば快晴と思われしに、計らずも大洪水になった。その洪水により本郷では家が多く壊され、倉(小島屋等)も倒され、専念寺の栗の大木が倒れ、山は崩れ、田畑は一朝にして石漠と化し、羅漢山より流るる本谷川の流域の橋は七脚までも落ち、モノコ川辺(羅漢山の下)に、当時道路より見ゆるヅエが二十有余、その一帯の地にヅエたるもの、実に三十有余ありしと。為に今なお石漠のまま田畑となすを得ず、当時の面影を存せるもの所々に散財せり。
里人の語るところに拠れば、正しく羅漢山の大蛇が山に千年を過ごし、このたび昇天したるものならんと。以前この山の池の側にある寺の住持
、日々合掌してお教を諷誦するや忽ち、この大蛇も出て来て、岩上にて常に傾聴しに居たりしに、この事ありて後、数十年は更に大蛇の影をだに見ざると。また、我聞く
「蛇は千年を海に住み、千年を河に住み、千年を山に居たれば、昇天するもので
、 若しその際昇天不可能の時は、又幾年か年月を要するものなりと」
いといぶかしき事ならずや。 |