■楮祖神社例祭(ちょそじんじゃれいさい) 11月2・3日
 日本で唯一の楮(こうぞ)と紙の始祖神である。
永禄8年楮を作り、紙をすく業を始めた中内右馬之亟を楮作成長・製紙業繁栄の守護神として祀った。現在は波野河内神社例祭と一緒に祭りが行われる。祭日は2月15日、16日、9月19日、20日と毎月16日に小祭りが行われる。秋祭は廣折一状半紙を出し、奉幣はシメを切り替え、二十一掛けの餅を供え、献供は神酒洗米、コブ餅、ジャコ、野菜を供える。
■みつまた人形
 本郷村では、江戸時代を通じて、和紙の産地であり「山代紙」として大阪方面でもその名は知られていた。山代紙は、本郷村波野の住人であった中内右馬充が、この地方に適する楮を波の原に試植し、紙をすいたのが始めとされている。
 その創始は、元禄8年(1565)と言われ、製紙は山代地方全域に及び、人々の生業をたすけた。このことにより、山代庄の住民は馬右充を紙生産隆昌の守り神として楮祖神社にまつった。こういった製紙の功労者をまつるような神社は全国をみてもなく、唯一の珍しい神社である。
 紙業が、山代全域に急速に広まると、寛永8年(1631)藩は、製紙制度をとり、紙の販売は厳重な監視のもとに専売制度によって藩に膨大な利潤を得ることができ、藩財政の4文の1がまかなわれていたと言われている。
 現在は、土地や気候があうことなどから和紙のもう一つの原料である三椏作りを村の産業のひとつとしている。また、その名残であるかのように和紙を利用した「ちぎり絵」や「みつまた人形」があり多くの人々に親しまれている。
 特に「みつまた人形」は、木の特徴や素材を生かしたものであり、全体像からは、むかしの人々の面影やふるさとのあたたかさを感じさせるものがある。