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[弥生式文化時代]
前97年〜前30年
意冨加羅国の王子帰化して穴門に到る。伊都都比古なる者国王を称す。
71年〜130年
穴門国造、阿武国造任命される。
[飛鳥時代]
650〜654年
穴戸国司、白雉を献ず。祥瑞とし、天下に大赦。元を白雉と改め、国司を褒賞し、穴戸3年の調役をゆるす。
[平安時代]
1185〜1190年
深田埋木−南都東大寺大仏殿再建時、俊乗房重源、巨材伐出、此沼に入て荒木取奈古大井へ出して船に積み登された切株根と申伝う。
佐々木高綱鎌倉に参入す。頼朝対面して、東大寺用材、周防の搬出に精誠を尽くすを賞す。
[南北朝時代]
1337年
石見国の南朝方武士三隅兼連、高津道性らは、小河関所を破って阿武郡に進入し、弥富、福田、宇生賀を焼き払う。
1352年
地頭三友康忠の案書により、奈古、宇生賀、福田の三郷が大井八幡宮の鼓 頭座出任。
[室町戦国時代]
1431年
阿武郡大井村と奈古村の間に寄鯨の捕獲について論争する。
1547年
須子若狭守秀国、奈古八幡宮を再建。
1556年
吉見正頼、兵を挙げ嘉年城を復し、また木部郷に戦い、更に奈古郷に戦う
(鷺江山の戦い)。