毛利の殿様が萩に移られて、萩と三田尻に往還ができてから、佐々並市は、宿場町として大そう繁昌しました。夜のとばりがおりる暮六ツ頃になると、江戸から帰って来られたお侍や、これから江戸へ向かわれる方々で、はたごは、上を下へのにぎわいでした。なかでも、毛利のお武家様の常宿である土山屋は、ひときわ賑わっておりました。
その頃のことです。三田尻の車塚に、弥三郎という名のきつねが住んでおりました。この弥三郎は、ひどく好奇心の強いきつねで、あるとき、大勢のお武家様を、したがえて進む※殿様行列を見て、あとをつけてみたくなりました。
ゆっくり進む行列の、あとになりさきになりながら、つけて行きました。ときおり、仲間(ちゅうげん)を従えた一人歩きのお侍に出会いました。
行列が佐々並の市に着いて、お武家様が、それぞれはたごに入っていくのを、貴布祢神社から眺めて、その夜は、神社の森で休みました。
翌日、行列は、まだ日の高い頃に萩に着きました。三田尻よりにぎやかな萩の街を歩いていきますと、田中の荒神様に来ました。と、その境内に弥三郎が、今まで見たこともないきれいな毛並みの美しいきつねがおるではありませんか。
一瞬、いなずまを受けたような衝撃が、全身をはしりぬけました。弥三郎は、はやる心をじっとおさえて、女ぎつねに近づき、さりげなく初対面のあいさつをしてみました。
女ぎつねの名は、おさんといいました。話しているうちに、おさんも弥三郎が好きになりました。そこで、おさんの案内で、萩の街を見物することになりました。そして夜弥三郎は、おさんのすすめで萩に泊まりました。
翌日、二人はまた会うことを約束して、別れました。
三田尻に帰った弥三郎は、おさんのことが忘れられず、また会いたくなりましたが、途中どこに泊まろうかと思案しました。佐々並の貴布祢神社の森の寒さは、耐えがたいものでした。 |